セミリタイアするまで非正規

正社員になれないことが分かった三十代。労働者のままでは死にかねないので、非正規のままセミリタイアを目指している、色んな意味で駄目なヤツ。

『ピグマリオン』 - 「中産階級」は勝ち組なのか、奴隷なのか?

 kindle unlimited で、バーナード・ショーの『ピグマリオン』を読んだ。

 脚本形式なので、登場人物同士のリズミカルでユーモアある掛け合いが面白い。

 

 言語学者が(実験感覚で)下町方言丸出しの礼儀の「れ」の字も知らない花売り娘を侯爵夫人として社交パーティーに参加させる、というのがあらすじ。終盤まではコメディーのようなかんじで進む。

 しかし、最終章で立派に社交デビュー(?)した花売り娘と言語学者がケンカするのだけれど、その一言一言が、当時のイギリス階級社会風刺のオンパレードになっている。

 

 例えば、花売り娘の言葉。

わたしは花は売ってたけど、自分の身を売ったりはしなかった。でも、あなたにレディにしてもらった今、他に売れるものがあるかしら? あのまま拾わないでほっといてくれればよかったのに。

 

ああ!また花売り娘に戻れたら!あなたからも父親からも自立して、誰の世話にもならずにやって行けるのに!どうしてわたしから独りでやっていく術を奪ったの?どうしてそれをわたし、捨てちゃったの?これじゃ奴隷も同じだわ、いくら綺麗な服を着ていても。

 

 花売り娘は、もともと下町で花を売りながら、ボロ家で貧しく生活していた。貧乏でも彼女は自分の力で生活できていたし、決して人生を悲観してはいなかったし、いつかちゃんとした花屋で働く、という夢も持っていた。

 その全てが、言語学者の実験の成功をもって失われてしまった。何となく想像できると思うが、上流社会は個人の力で生きていける世界ではない。(例えば、宗教団体の力を借りている自民党とかw)花売り娘は不幸な貧乏生活から抜け出して、幸福で豊かな生活に…と見えるが、その上流社会で暮らすということは「自分の身を売ったり」して「奴隷も同じ」な、下町生活より貧しいとも言えるものだった(と、花売り娘は感じている)。

 なぜ上流社会が「奴隷も同じ」であるのかを、花売り娘の父親はこう説明している。

 

他人のために生きなきゃなんねえ、自分のためじゃなく。それが中産階級の道徳ってやつだ。

 

 ちなみに、言語学者も怒り狂う花売り娘を慰めるために、

 

どんな身分にさせられても、平然と生きていられる。(真面目に)その秘訣は、マナーがいいとか悪いとか、そういう作法の問題じゃなくて、どんな人間に対しても同じ態度でいられるってことなんだ。つまり、天国にいるかのごとく振る舞うってこと。なぜなら、そこには二等車も三等車もなく、すべての魂が等しく価値をもっているから。

 

 などと弁解している。この言語学者は

僕は、侯爵夫人を花売り娘のように扱う。

 と公言するほどで、実際にそういう場面も出てくるので、古い階級制度に囚われてない現代的思想の持ち主である、とも言える。

 ただ、この言語学者は上流社会の出身で、花売り娘のような下流社会で生きたことはない。彼が下町出身で、貧しくて言語学の勉強も出来ず、「すべての魂が等しく価値をもって」いない世界で自分一人の力で生きていくことを余儀なくされたときに、「天国にいるかのごとく振る舞う」なんてことが出来るのだろうか?少なくとも私は、この言語学者が言っても説得力を全く感じなかった。当時、『ピグマリオン』を読んだイギリス人がどう感じたのかは分からないけど。

 

 現代の日本に階級社会は存在しない(ことになっている)けれど、花売り娘の父親がいう「中産階級」は正社員や中小企業の経営者くらいに当てはまるだろう。そして、花売り娘の出身である下流社会は、非正規労働者である。そして、非正規労働者のうちワーキングプアやブラックバイトが(身分としての)奴隷に相当する。

 当時のイギリスでは階級制度としてハッキリ区別されていたこれらが、現代日本では「人間皆平等」の名の下に、自由意思で生活手段を選び自由意思によって労働する自由市民として一緒くたにされて「貧困なんてありませんよー、奴隷なんていませんよー」と嘯いているのだから、より問題は深刻化していると言えるかもしれない。

 この花売り娘が今の日本に生まれていたら、どんな働き方を選んでいたのだろうか?

 

 ちなみに、『ピグマリオン』は男性優位社会にも矢を当てていて、それ関連のセリフにも面白いものが多い。(ユーモアがある、という意味で、フェミニズム的に面白いかは分かりませんw)

 例えば、上流階級の恋人について話す元花売り娘の言葉。

 彼を、働かせたくないんです。わたしと違って育ちが育ちだから、労働にむいてなくて。だから、わたしが働きに出ます。

 羨ましい!自分もパートナーができたら、こんなこと言われてみたい!わたし女だけど!