上高地旅行 明神岳の麓に宿泊し、西穂高に登って、平湯温泉
7月末日あたりに、長野県の上高地へ旅行した。
1日目は、8時15分に新宿バスタから出発。
4時間以上のバス旅。途中で立ち寄った諏訪湖SAの風景。
今回の旅行では、新宿から上高地バスターミナルへ直接行く便ではなく(満員で予約取れなかった)、岐阜県の平湯温泉で別のバスに乗り換えて上高地へ。
河童橋。色んな山が見える。名前も教えてもらったんだけど、慣れないとどれが何だか… 正面に見えるのは吊尾根というらしい。川の跡のようなものが見える。山頂付近には、まだ雪が残っていた。
現在の河童橋は、平成9年に架けられたもので5代目。1代目の誕生日は分かってないけど、最初は跳ね橋で、明治時代に吊り橋に変わった。芥川龍之介の『河童』の冒頭にも出てくる場所。でも、どうして「河童」と呼ばれるようになったのかは不詳。
けっこう、分からないことが多い。
橋の下を流れているのは、梓川。こんなに綺麗な水なので、河童がたくさんいたんだろうね、昔は。
(上高地にしては)暑かったので川辺で遊んでいる人もいたけど、水はかなり冷たいので水泳はできない。
河童のイラストが入った、わさびコロッケを食べた。
1日目の宿泊地は、河童橋から1時間ほど歩いた明神池。
梓川に架かる明神橋からの風景。雨が降るギリギリのタイミングで、宿に到着。
「山のひだや」さんに宿泊した。信州割で5,000円安くなった。(*´∀`*)
2,000円のクーポンも付いてきたので、オリジナルTシャツを買った。
明神岳を一望できる部屋から眺めた夕焼け。鳥の声、風の音。自然にとても近い。
明神池や神社にも近いんだけど、残念ながら今回は行くタイミングが無かった。
人工温泉と、山の幸&川魚の夕飯で疲れを取って、21時(!)に就寝。
2日目は6時に宿を出発。
明神橋の朝の景色。雨降りの後の快晴のためか、霧が出て神秘的な絶景。
この日は登山を控えていたので、朝食は弁当に変更してもらった。ちくわ(下段左端の茶色いの)と、塩っ気たっぷりおにぎりが美味しかった。
河童橋に戻ってきたので、今回は朝の焼岳を撮影。こちらも霧が出ていて素晴らしい風景。
途中でお猿の家族を発見。カメラを向けても全く動じない。観光客慣れしている。
可愛い子ザルはベンチを登ったり下りたりして遊び回り、親猿は片方が寝っ転がって毛づくろいをしてもらっていた。
3~4時間かけて、西穂高岳を登る。道中はこんなかんじ。特に技術や装備は要らないけど、ある程度の体力と水は必要。
たまに視界が開けると、周りの山々が見渡せる。向かいの山の山頂に近づいてくると、「ここまで頑張って登ってきたんだな~」と感慨深い。
写真だと分かりづらいけど、半分くらいまで登ってくると、山の清水を補給できる場所がある。とっても冷たくて美味しい水だった。
そして、本日の宿泊地&目的地の西穂山荘に到着。
断熱が良いのか、山荘の中は夜でもあまり冷えなかった。春や秋はもっと寒いんだろう。
蜜蜂がいっぱいいた。
昼食は、西穂山荘のラーメン。ラーメン自体はシンプルだけど、卵がちょっと甘い(?)不思議な味だった。
宿泊者の夕食と朝食は、こんなかんじ。夕食は夕方5時で、朝食は朝の5時30分。山の一日は早い。
夕方の6~7時にかけて、とってもきれいな夕焼けになった。橙色に輝く雲や、雲海に沈みゆく山々を眺める。
そして、夜は一面の星空。1回だけ流れ星も見えたし、人工衛星も浮遊していた。
そして、これは3日目の朝。山頂からの風景も素敵だった。
(赤い屋根の建物が、2日目に宿泊した西穂山荘)
西穂山荘からは、独標という岩場をよじ登って西穂高岳の山頂を目指すルートがあるんだけれど、私は途中(写真の場所)で断念。体力・技術的には子供でも登れるらしいんだけど… 視界を遮るものが無いので怖い!高所恐怖症には無理!
ただ、山頂まで行かず、途中の丸山でも絶景だったらしいので、そこまでは何とか登りたかったかなあ。でも怖いもんは怖い。
帰りは新穂高ロープウェイで下山。平湯温泉で昼食を食べたり温泉に入って、新宿行きのバスを待っていた。
写真は、黄身が固くて白身が柔らかい「はんたい玉子」という温泉卵。
2日目の夕焼けと星空を眺めているとき、宿泊地で迎える朝の清浄な空気と景色に包まれているとき、胸がジンワリとした。
感動したとか、泣きそうとか、そういう表現では物足りない。生きてて良かった、というのとも少し違う。
あれは、安心感、だったのだろうか? 私がここに居てもいい、生きててもいい、という実感。社会や人間の役に立っていない、無価値な自分にも、自然は変わらぬ姿を見せてくれた。寛容で無関心で、語りかけてくる価値観は、ただ一つ。「私にとって、人間なぞ何でもない。いたければ、いつまでもいなさい。余所に行きたければ、いつでも去りなさい」この無常感が、非常に心地よい。
やっぱり、私は労働者に戻りたくない。
労働は、無常からかけ離れた世界だ。もう、戻りたくない。