セミリタイアするまで非正規で働く@埼玉(一時的に無職中)

正社員になれないことが分かった三十代。労働者のままでは死にかねないので、非正規のままセミリタイアを目指している、色んな意味で駄目なヤツ。

『人間関係を半分降りる ――気楽なつながりの作り方』 「人間は素晴らしくない」という生き方・考え方

 社会不適合者的な著作を発行したり、講演やインタビューを行っている鶴見済さんの新刊。近所のTSUTAYAには取り扱いがなく、2軒目の紀伊国屋では売切れており、3軒目のブックファーストでようやく見つけた。

 タイトル通りの内容で、人間関係には友人、家族、恋人、職場、SNS等が含まれる。これらのあり方・常識に疑問を投げかけまくって、最終章の『こうすれば気楽になれる』へと繋げる構成。

 

 「人間は素晴らしくない」。とても素晴らしい言葉である、私も胸のすく思いです(笑)。「みんな同じ」なんて気持ち悪い、というのも、日本人にもっと必要な感覚だと思う。

 ちなみに、この2つを反対の意味にして合体させると「人間は全て同じように素晴らしい」になり、まさに現代の日本に溢れかえっている思想そのものとなる。みんな素晴らしいと嘯きつつ、自分たちと異なるモノを暗に排除するこの考え方に、どれだけの人間が苦しめられているのだろうか

 

 

 個人的に、本書は「第2章 家族を開く」「第3章 恋人をゆるめる」が本筋だと思っている。もちろん、「第1章 友人から一歩離れる」も大事だし、そこで書かれている居場所作り(サードプレイス)の考えも大事なんだけど、もうその辺りはメディアでも語られている。マーケットも「ソロ活」とか言ってるし。

 でも、家族と恋人はまだまだ神聖視・タブー視されている。それは、異性と恋人になり、セックスして家族を作ることが、人生の絶対条件とされているからだろう。しかし、これは単なる繁殖行動で、神聖な行事でもタブーな悪行でも何でもない。(なんか忘れられがちだけど、人間も生物の一種なのだから、もっと生物学的な見方が必要だと思う)家族や恋人のいる空間は聖域でも何でもないのだから、留まるのも出て行くのも、作りだすのも距離を置くのも、本来は自由なはず。これは、子供も大人も同じだ。

 

 自分はいつまでもフラフラしていたい。フラフラしたままで、豊かで幸せになりたい。それを遠慮せずに求めればいいのだ。(p146)

 

 これは私も同じ考えだけど、本になってくれて嬉しい。家族と恋人を大切にするのは大変結構なんだけど、そのために自由や幸福の犠牲を強いられたくはない。子供にしろ大人にしろ、人間関係に大きな苦痛を感じる人間がいるという事実は、もっと一般化するべきだ。

 一方で、本書には、家庭や恋人や結婚を否定する言葉も出てこない。これは、著者の鶴見さんが目指す「優しい世界」の姿でもあるのだろう。常識はあくまで疑うものであって、常識を否定して非常識を押しつけるようでは、本末転倒なのだから。

 

 本当は、いつもの読書感想文みたいに引用も使って語りたいんだけど、本書の醍醐味は鶴見さんの書き口調にもあるので、私の手で書いちゃうと野暮ったいから止めた。

 気になる方はぜひ読んでみてください。

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『欲しい!』はこうしてつくられる 脳科学者とマーケターが教える「買い物」の心理

 消費者の脳はモノを買うとき、どんな反応をしているのか。

 消費者にモノを買わせるために、企業がどんなマーケットを行っているのか。

 を解き明かす一冊。

 

ブランディングは「つながりをつくるための活動」

 本書ではブランディングを、「つながりをつくるための活動」としている。

 そこで重要視されるのが消費者のメンタルモデルである。メンタルモデルというのは、消費者がブランド(の商品)に接触した時に、五感で感じ取る体験そのもの、ということである。

 というわけで、本書では味覚・触覚・嗅覚・視覚・聴覚という言葉と、タイトルにある脳の働きに関する実験例などが頻出する。マーケットは生物科学だった!

 

都会は歩いてるだけで疲れる!のは、脳があれもこれも記憶させられているから

 私たちが記憶だと思って想起するものは、実際には符号化されたオリジナルの出来事を再構築したものにすぎないのだ。(p99)

 

 符号化=記憶すること、なのだが、特に注意を向けさせたり、五感に刺激を与えたり、負荷や音楽をかけることで脳に強く印象付けられることをいう。ここまでして脳に刻まれた(刻みつけられた)記憶が、事実ではなくその人のオリジナルにすぎないというのである!

 ということは、消費者がとあるブランド(の商品)に接触したときの体験を、うまく符号化することができれば、ブランドの望み通りの記憶を消費者が勝手に作ってくれるということだ。

 もちろん、そんな簡単にはいかないから、企業やブランドは広告費に莫大な費用をかける。流行のモデルに自社の化粧品を使わせたり、アップテンポな音楽を流しながら自社のラーメンを旨そうにすすらせたり、駅の入り口みたいな嫌でも目に入る場所に巨大な広告をドーンと掲げたり、逆に小さな広告を何個も何個も並べたりする。消費者の注意を向けさせ五感に刺激を与えて、自社の商品を強く記憶させたい、つまり符号化させたいのである。都会を歩いたりテレビを見ていると妙に疲れるという人は、恐らくこれも原因の一つでしょう。

 

売り手も買い手もニッコニコ、「オートマチックモード」消費

 ウェブサイト上でマニュアルモードへの切り替えを求められるのは、偶然ではない。そこには、利用者に見つけてほしくないという企業の意図が働いている。(p136)

 

 人間はラクをしたい生き物だが、それは脳も同じである。脳は、最もシンプルに最善の推測を実行する知的労力最小化の傾向にある。本書では、これが脳の初期設定で「オートマチックモード」としている。反対に「マニュアルモード」は、最善の推測を実行するまでに試行錯誤することで、初期設定に対するカスタム(個別)設定のようなもの。しかし、「オートマチックモード」から「マニュアルモード」への切り替えは疲れるので、脳としてはやりたくないのである。

 例えば、ショッピングサイトで購入をキャンセルするボタンや、サイトの退会用リンクが巧妙に隠されているのは、脳のこの習性を利用しているという。買い物やサイトのコンテンツは、指と目線をチョチョイと動かすだけで簡単に実行できるので、「オートマチックモード」のままで目的を達成できる。しかし、隠されたボタンやリンクを探すには「マニュアルモード」に切り替えてあそこかな?ここかな?と探さねばならない。せっかく楽しくお買い物してるのに、そんな面倒くさいことやりたくない!こうして、何となくカートに放り込んだ商品をそのまま購入しちゃうし、退会を諦めてしまう。それこそが、冒頭の引用にある企業の意図なのである。

 また、衝動に抗う力の事を「Kファクター」と呼ぶらしく、「Kファクター」が高い人ほど「マニュアルモード」指向になり、低いと「オートマチックモード」指向になるという。当然、企業側は(消費)衝動に抗わない「オートマチックモード」の顧客を欲しがるサイトが便利になるほど、「オートマチックモード」の顧客が増え、そのサイトでの買い物に抗うことがどんどん難しくなる

 

 

その買い物、自分の意志ですか?それとも「依存2.0」による行動ですか?

 いまでは、消費者が向ける注意そのものが通貨となったのだ。ようこそ依存2.0の世界へ。(p201)

 7章のタイトルは「依存2.0 デジタル時代における強迫行動を収益化する」である。

 

 私はこれまで、クレジットカードを使いこんだり、(最終的にはより多くのおカネを払うことになる)分割払いやリボ払いが個人の支払手段として流布している理由が、イマイチ理解できなかった。ビジネスなら分かるんだけど。

 その理解の一助となるアイディアが、本書にはある。「おかねを手放すときのいちばんつらい形は、紙幣を物理的に手渡すやり方だ。(p187)」とした後で、こう続けている。

 

 となれば当然、支払体験が非現実的であるほど痛みは少ない。こういう意味でも、ラスベガスはとても危険だ。カジノでは現金をチップに両替する。これは取引なので、何かを失ったという感覚はない。ただし、現実の紙幣に比べると、チップへの思い入れは少ない。チップを失うことの痛みはどんどん麻痺し、その結果、どんどん賭け続ける。(p188)

 

 おカネを物理的に手放すのが嫌なら、その前にチップへの両替という「取引」を挟んで抵抗なく手放してもらおう、というのがカジノの戦略だとしている。カジノはデジタル以前からある商業だが、取引するおカネを物質として扱わないという点でデジタル時代の消費の前駆ともいえる。

 そして、カジノのチップよりもさらに現実味がなくなるのが、クレジットカードやデジタルでの取引だという。おカネを物理的に手放すという心理的負担がさらに減るだけでなく、「購入の支払いを終えるまで満足を先送りにするのではなく、満足は前倒しになる。(p190)」、つまり(一か月後に支払明細が発行されるまでは)おカネを払ってないのに商品だけが手に入った、という嬉しいオマケ付き!

 本書によると、これは脳が損失を回避しようとする仕組みを利用したマーケティングだという。オンラインショッピングもリボ払いも電子決済もギャンブルのように人々が浪費してしまうのは、損失を後回しにしつつ満足だけが前倒しになる喜びでドーパミンがドバドバ出ちゃうからなのだ。

 このような、脳の仕組みを利用した「買い物」に於いて、消費者が自分の意志でおカネを払っていると言えるのだろうか?安易に分割払いを勧めるようなマーケティングが、健全なのだろうか?もちろん、本書は否定的だ。

 

 現状のマーケティングの倫理観ははっきりと、広告やキャンペーンに対してどう反応するかは消費者が自由に決めるものであり、広告は何らかの形で消費者に影響を与えるものの、最終判断を下すのは消費者の自律性にかかっているという前提に立っている。だが実のところ、消費者は自律しているというこの前提が、マーケティングにさまざまな手法を許している。(p340)

 

 企業やブランドは、消費者を身体的に拘束するわけではない。その代わり、消費者の脳や精神を拘束し、自社の商品に注意を向けさせ、喜んでおカネを出す気にさせる。これを依存と言わず、何と言うのだろうか。そして、これこそが、世界的に認められる清廉潔白なマーケティングなのだ!

 まあ、売り手も買い手もニッコニコなんだから別にいいじゃん、と言われればそれまでだが。 

 

 

マーケティングの未来

 私たちは消費に依存し、消費はつねに私たちを形づくるので、境界はやはり曖昧だ。どこで消費の世界が終わり、どこから消費者としての自分の世界が始まるかと問われれば、返答に窮する。(p347)

 

 「マーケティングの未来」は、本書最終章のタイトルである。

 資本家は人格を持った資本である、とはマルクスの言葉だが(『資本論』に書かれている)、「消費はつねに私たちを形づくる」も同じようなニュアンスだ。消費が物々交換や自給自足を指すなら、人間は比較的狭い地域とそこにあるモノで暮らす生き物になる。逆に、現代のように消費が種類も距離も量も無限に広がるような環境では、人間もそれに見合った行動を取るようになる。売り手はどこまでも売り続け、買い手はどこまでも買い続ける、無限の「買い物」。人間は「買い物」のために生きているのか、それとも、「買い物」が人間を利用して繁栄しようとしているのか。人間は、このまま人格をもった「買い物」になってしまうのだろうか。

 マーケティングの未来を考えることは、人間という種の未来を考えることと、同義なのかもしれない

 

 

余談

 かなり熱く語ってしまった(4000字超えw)けど、まだまだ面白い考察や研究が本書にはたくさん掲載されている。ボリュームはあるけど難しい内容ではないので、「企業ってモノを売るために色々やってるんだなー、大変だなー」と、しみじみ感じながら読むのも一興かと思います。

 

 一つ、買い物とは関係ないけど、ベーシックインカムに関する考察がある。

 

 貧しい人々がファストフードを買うのは、経済的なストレスにより、脳の意思決定機能が目先の喜びを優先し、長い目で見た解決策を避けようとするせいなのだ。(p161)

 これに続いて、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学で心理学を研究するジャオ博士の「貧しい人が貧しいままなのは(中略)、貧しい状態そのものが原因なのです。」が引用されている。

 

 海外のベーシックインカム実験によれば、経済的効果については疑問視されるものの、精神面では良い効果を残している。

gigazine.net

gigazine.net

 

 また、脳が貧困によるストレスによって目先の快を追求するあまり「オートマチックモード」から抜け出せず現状がいつまでも続く、という現象は、「貧しい人々」を「労働者」に、「経済的ストレス」を「労働的ストレス」に変えてもそのまま当てはまる。経営者にとって「オートマチックモード」の人間は、カネを使わせるにしても作らせるにしても便利な存在なのである。

 「オートマチックモード」人間が資本主義の原動力になっているのだから、その設定を解除しかねないベーシックインカムが歓迎されないのは、当然というべきか。

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『幼年期の終わり』 アーサー・クラークの先見性

 アーサー・クラークの『幼年期の終わり』を読んだ。

 SFといえばコレ!という名作ときいて。

 

 宇宙人が強力な科学で人類を圧倒するのは『三体』と同じ。宇宙人の科学ってスゲー!はSFのお約束なんですかね?

wataridori-project.hateblo.jp

 

 『幼年期の終わり』の侵略は敵対的侵略ではなく、大部分の人類は進んで家畜化されるという侵略(第二次大戦後の日本と米国のようなかんじ)なので、雰囲気は『三体』とは大分異なる。まあ、時代も作者も全く違うしね。(『幼年期の終わり』は1953年のイギリス人で、『三体』は2008年の中国人。ただ、どっちもテクノロジーに詳しい)

 

 『幼年期の終わり』も設定はしっかりしてるんだけど、『三体』の変態的な書き込み具合には及ばず。

 例えば、地球人類を支配するオーバーロード(宇宙人)が地球から争いや労苦を無くして平和を実現するのに、思想的科学的な方法を用いたようなんだけど、具体的にどうやったかの説明は無し。「なんか宇宙人ならではのすごい方法で、気が付いたら地球は楽園になっちゃった」みたいな書き方。うーん、そこが知りたいんだけどなw

 まあ、読みやすさで言えばダントツで『幼年期の終わり』。魅力的な宇宙人がいたり、衝撃的で妄想が膨らむラストっていうのは変わらないしね。

 

 オーバーロードが実現した楽園は、「空に雲一つない長い夏の午後にも似た平和と繁栄を享受(p214)」できる世界だった。

 

 百年前なら、余暇がありすぎて大きな社会問題になっていたことだろう。教育がその問題のほとんどを解決していた。豊富な知識は退屈から身を守る盾になるからだ。(p216)

 

 資本主義はほぼ鳴りを潜め(公共サービスや生活必需品は無料)、個人が「持てる知的能力を発揮する(p216)」ことが重要視される時代。これが1950年代に書かれているというのが興味深い。それから70年経った現在でも、AIが普及した社会のシナリオの一つとして、全く同じことが期待されているのだから。(言い換えれば、世界は70年間も停滞したままということだが…)

 余談だけど、労働者不足が予想される日本で教育費が削られている理由が、何となくここで説明されてますね。まあ、実際は単純にカネ(とウマミ)が無いのが理由なのかもしれないけど…

 

 続けてこんな描写もある。

 

 もちろん、まるで働かない者もいることはいた。とはいえ、怠惰な人生をとことん満喫できるほど強い意志を持った人々の数は、一般に想像されるよりもはるかに少なかった。ただ、そういった社会的パラサイトを養っていくのは、大勢の改札係や販売員、銀行員、株式仲買人など、地球的視野から見れば帳簿のある項目を別の項目に移すだけの機能しか果たしていない人々を養っていくより、よほど安上がりにすんだ。(p217~218

 

 アーサー・クラークってメンサに所属して軍の上層部もやってた超エリートなのに、いや、超エリートだからこそなのか、70年前の時点でブルシット・ジョブの害を指摘していたのが驚き。

wataridori-project.hateblo.jp

 

 「社会的パラサイト」が、「帳簿のある項目を別の項目に移すだけの機能しか果たしていない人々」より実は社会的コストも悪影響も少ないという考え方は、(少なくとも日本では)ここ数年で、ごくごく一部のはみ出し者が、ネット上で声を潜めてようやくヒソヒソと発言できるようになった反社会的(?)内容なのに…

 

 

 そんなこんなで地球人類は新しい段階に突入した。

 これは、人類の進化とも言えるが、それが行き着く先は何なのか?宇宙が地球人類に進化を求める目的は何なのか?

 を、解き明かすようにして物語は結末に向かう。ここらへんから、思想的な描写(アーサー・クラークは仏教徒ではないけど、仏教を信じていた)が増えていき、オーバーロードの母星やテクノロジーが出てくる。

 

 SFなのに、地球の楽園像ばかりに考察の目が向いてしまうのであった…

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2022年8月の出費状況と、今月の目標

 先月の収支は、50,645円の赤字だった。

 

2022年8月の支出

※貯金の内訳:積立NISA

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計:56,930円

 

2022年8月の収入

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計:6,285円

 

特に何もしなかった1か月間

 先月は何もしなかった…

 ゲームと読書はしてた。

 FXの方は、前半だけリアル口座でトレードしたけど、その後はデモトレードで練習していたので、収支にはほとんど影響なし。その代わり、気持ち悪くなるまでチャートを眺めて研究していた。

 今日、またリアル口座でトレードを再開。そろそろ、まともな成績をこのブログで発表したい(笑)

 

今月の目標

  • 体調を崩さない
  • FXトレードで負け越さない

 全然面白い記事が書けなくて悔しいけど、FXが収益化するか貯金が尽きるまで、このまま続きます…

 

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『差別の日本史』を読んだ 「土地神話」の強さと、性差別問題の難しさ

 日本で生じていた(生じている)差別の歴史についての本。

 日本史でも習った奴婢や穢多・非人のことから、女性差別LGBTまで浅く広く扱っている。文章に(おじさんならではの)クセが少々あるけど、読みやすいと思う。

 

 現在の非正規労働と、かつて日本の奴隷だったとされている人々(奴婢などの被差別階級)について調べるために読んでみたけど、この本によれば、日本の被差別階級と現在の労働問題はそこまで関係ないみたい。戦後史以降でみれば、同和利権のきな臭さだったり、労働運動で貧しい労働者のシンボルとして利用されることで、被差別階級の問題が矮小化されてしまうことに作者は疑問を持っているようだった

 

 といっても、労働と無関係なわけではない。

 例えば律令制における五色の賤で、賤民の一つである陵戸(りょうこ)とは墓守のことだった。昔の日本人は死を穢れとして嫌っていたから、墓守も普通の人(=良民)とするわけにはいかない、ってことなんだろう。ただ、給料は普通に貰ってたし税の免除もあったから、貧しくはなかったようだ。

 

 本書では、昔の日本の差別意識はカネよりも土地から来ていた、とされている。

 例えば、隼人や蝦夷など、日本政府に侵略された原住民。土地を奪われたうえにおとぎ話でも怪物扱いなのだから、差別と言えば差別である。

 また、土地を持たない水呑み百姓は、土地を持つ金持ちに雇われて、雇い主の土地を耕して、何とか日銭を稼いでいたとされている。これは、現在の非正規労働者とほぼ同じ生き方だ。

 徳川幕府では「解放令」で穢多・非人という身分が廃止された。しかし、あくまで建前上の事だったので、被差別階級の人々が住んでいた地域は、そのまま残ることになる。もちろん、「農民」が住む地域とは区別された。

 そう考えると、フツーの日本人の人生目標に(新築の)マイホーム購入がしぶとく掲げられ続け、マイホームが購入できない労働者はデフレ下でも全く値下がりしなかった貸家の賃料を払い続けて下層階級から抜け出せない、という現象は、日本に昔から根付く土地=富の価値観から生じているとも考えられる。

 かつては身分制によって住む土地がハッキリと区別されていたが、現在では持家or賃貸という住居の種類によって区別されるようになった。それに加えて、港区は金持ちが多い、みたいに特別な土地というものがある。日本人は身分制度による土地の縛りから解放された代わりに、カネによって土地に縛り付けられるようになった、ということだろうか。

 

 

 

 最後に、女性差別(というか、フェミニズム運動)について本書からの引用。

 

 少子化が進行していますし、それまで農村から吸い寄せていた若年労働者が枯渇しています。人手不足をおぎなうのは、女子の労働力でした。なにも女性の自立を本気で考えた経営者はひとりもいないでしょう。その経営市場の要求と、フェミニズムのひろがりとが一致しました。消費の場としての家庭の仕事が、このときいっそう劣位に置かれたのです。労働する女性の美化は、かつての戦時中の女子挺身隊への揚言と似ています。フェミニズム運動は、結果、女たちを男性原理に包摂する手助けをしました。(p128)

 

 あと、togetter のまとめも。

togetter.com

 togetter では「ピンクが好きでプリキュアが好きでスカートが好きみたいな女の子が生きづらくなった説…」について「そんなことないだろ」という反論もたくさん来てるけど、「ピンクが好きで(略)」を呟いた人が言いたいのって、そういうことじゃないと思うんだよね。

 プリキュアは「女の子だって暴れたい!」から生まれた作品だけど、プリキュアのデザイナーさんは作品ごとに、女の子ウケする色んな可愛さを追求してるから、どんなにボコスカ殴ってもプリキュアは可愛い女の子なんだよね。そんなプリキュアが20年近く続く長寿番組になってるんだから、プリキュアが好きな女の子が生きづらい世の中になっている、とは確かに思わない。

 一方で、フェミニズムも本来は「女性が女性として生きる権利や歴史を創っていこう」という運動だったハズ。それが、いつの間にか女性が女性として生きてきた権利や歴史を否定して、男性と同じ(時には男性より強い)利益を獲得するのが目的になっている、ような気がするんだよね。(あくまで個人的な感想、だけどね。個人的な感想、ですよ!)で、それを(男性が運営する)マーケットに利用されて消費だけされて、肝心の女性の権利は(違う形で)抑圧されたままという… これがプリキュアと決定的に違う点だ。

 先ほど引用した『差別の日本史』の内容にも通じるものがあるし、「ピンクが好きで(略)」を呟いた人が指摘したいのもこれだったんじゃないのかな? 

 

 それにしても、差別問題は難しい。

 歴史をしっかり勉強したうえで、柔軟な視点を持たなければ、自分自身が差別者になってしまう危険性がある。まさに、ミイラ取りがミイラになる。

 『差別の日本史』では、他にも色んなフツーじゃない生き方をしていた人々の歴史や、LGBTユダヤ人などにも触れている。内容は重いけど入門書感覚で読めるので、気になった人はぜひ。

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『三体』を読んだ

 しばらく『三体』を読みふけっていた。図書館で1部~3部まで全部借りて、2週間くらいで読了。

 地球が宇宙人に侵略されたり攻撃されたりする話だけど、地球外生命体の文明や技術はもちろん、宇宙的危機下に置かれた地球の技術や生活はどうなるのかっていう作者の想像全開でとても面白かった。宇宙人の兵器にはエグいものもあるけど、こうした未来技術の何割かでも今すぐ実現したらなあー、という妄想に浸れて楽しい。

 ただ、時代が目まぐるしく変わって新しい生活様式や技術が登場するたびに宇宙や科学の専門用語&造語ズラズラの説明が数ページ続くのが、ちょっとしんどい。まあ、意味不明だったら斜め読みでなんとなーく理解した気になるだけでも、十分面白かったです。そもそも、タイトル『三体』の由来である三体問題が何なのかも、難しすぎて分からないし(笑)。

 

 作中の地球人は、時代によって色んな生活様式や常識や思想が出てくるけど、根っこの部分は大して変わってなくて、絶滅しそうになったら群れて暴れるか神様(宗教や特定の個人)にすがるかで、けっきょく一番強いのは愛だよね、っていうお約束展開も、『三体』特有の世界観でキチンと踏襲されている。

 

 一方で、感情移入できたり印象深い登場人物も出てくる。まずは、人類に幻滅した葉文傑。『三体』は中国の文化大革命から話が始まるんだけど、葉文傑はそれを生き延びた優秀な科学者なんである。文化大革命を知ってれば、何となく彼女の行動も理解できると思う。何となく、だけど。日本人は経験してないからね。

 2部の主人公である一般人(!)の羅輯(ルオ・ジー)も好き。あまり多く書けないけど、登場人物の中では一番親しみやすかった。

 あと、前半は主人公の危険を何度も救う警察官である史強(シー・チアン)がいるし、後半も主人公を友人として支える艾AA(アイ・エイエイ)がいる。(主人公は1部、2部、3部でそれぞれ違う)時代が変わっても変わらない心強さ。

 恋した女性を最後まで大事にする雲天明(ユン・ティエンミン)は、最初から最後まで切ない。最後の場面は「えーー、これで終わっちゃうの!?」ってなった。

 

 人口が激減したことで地球が楽園に近づいた、という表現が何回か出てくる点も印象に残った。

 私は普段から「地球の人口、多過ぎない?」と思っているけど、政府や富裕層を始めとする人間の大多数にとって、人口が減るのは悪である。(生物だから当たり前なんだけど)

 だから、人口が減ることで実現するユートピアというものに興味があったので、もしかして『三体』作者にも同じような構想があるのかなー、と思った。

 

 

 いやー、SF小説って面白いね!

 宇宙や未来という広大な視点で想像力を刺激されるのが溜まらない。

 過去の名作では、どんな世界観が展開されているんだろうか… 気になる。

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ファイアーエムブレム風花雪月 紅花ルート・ルナティックの記録

 スピンオフの無双が発売されたばかりのFE風花雪月。

 FXで稼げるようになったら、真っ先に買おうと思っているゲームの一つである。

 しかし!風花雪月のオリジナルも、まだまだ現役!

 私は2年前に借りて遊んでからハマり、自分用のソフトを購入し直してから500時間以上遊んでるけど、ここ1か月ほど再びハマってしまっている。ルナティックモードが面白すぎるからである。あと、こういう戦略系ゲームは時間が沢山ある無職と相性バッチリというのもある(笑)

 

 ということで、紅花ルートのルナティックをクリアしたので、軽く雑談。

 ※ネタバレ全開のため注意

 

 某縛りプレイ動画の影響で、最初は全員格闘縛りプレイを目指していたので男はほぼ格闘ウォーマスター。肝心の縛りプレイの方は、EP.14のデアドラ戦で無限湧き同盟軍に押し潰されて断念。

 

 先生。名前はデフォルト。毎節お茶会してたので魅力はぶっちぎり。後のステータスもバランス良く伸びるので主力になる。

 …のはハードまでで、ルナティックではこの決定力の無さが仇となり、意外とあっさり落ちたり倒しきれなかったり。要するに器用貧乏。でもハイスペック器用貧乏なので、何だかんだでイザというときには頼りになる。

 ウォーマスターになってからは、「格闘回避」+「切り替えし」で敵の攻撃をかわしつつ連続攻撃をキャンセルしつつ、こっちからは幸運30からの「必殺+20」「格闘必殺+10」を乗せた殺人パンチで次々に敵を沈めてくれた。

 やっぱり頼りになるわね、師。

 

 エガちゃんは、ドラゴンマスターにした。速さが無いので2回攻撃は難しかったけど、高いHPと炎の紋章と「警戒姿勢+」とアウロラの盾で防御面はまあまあ。斧の宿命である低命中は「命中+20」でカバー。

 先生と同じくらいバカ力なので、HPを削った敵にトドメを刺して、再移動で離脱という戦法が多かった。(皇帝という立場を考えると、最前線で斧をブン回すよりも現実的な戦い方ではあるw)魅力が高いので、騎士団「不死隊」に助けられる場面も多かった。

 本当はアーマーロード(カイゼリン)にしたかったんだけど、思ったより防御面が伸びず使いづらかったので断念。せっかく魔力に成長補正が入るんだから、せめて魔法が使えれば…

 

 ヒューくんはダークナイトにして、動き回りながら闇魔法を撃ってもらった。たまーに槍も使った。ククク、紋章なんか無くても頼りになりますな… 

 こちらも主人同様、命中率が心もとないので「技+4」「命中+20」でカバー。

 闇魔法は状態異常付与できる数少ない攻撃手段なので、力ダウンとか移動封じとか積極的に使いたかったけど、倒しちゃうことも多いのであまり活用できなかった。まあ、ルナティックだと先に殺らねばこっちが危ない、ってのもあるけど。

 最大の欠点は、好きなお茶が闇市でしか買えないので、全然お茶会が出来ないこと。コーヒーばっかり飲んでんじゃねえ!

 

 エェェーギル!回避盾その1。ヒューベルトとよく張り合ってるけど、身長は向こうの方が8cm高い。しかも3歳年下でエガちゃんとタメ。エガちゃんと支援を進めると自信喪失するけど、最後は復活する。ヒューベルトと支援を進めると両想いになる。

 アドラーラッセ打たれ弱いのばっかりなので、フェルディナントには本当にお世話になった。「自信家」「格闘術LV5」「格闘回避+20」「回避の指輪」「ジェラルト傭兵団」と回避補正てんこ盛りにして、「警戒姿勢」で釣り出せば、敵の攻撃は殆ど当たらなかった。速さが意外と伸びないなー、とか、「警戒姿勢+」が取れなかったなー、とか、そんなの問題にならないくらい、当たらなかった(笑)。

 力が伸びないので、訓練籠手だとダメージゼロも多い。

 

 リンハルト。支援会話を見てると、なんか話しやすそうな性格である。

 恐らく、(普通に育てるなら)育成に迷わないキャラクターNo.1。修道士→メイジ(魔神の一撃)→ビショップ一択。男だからグレモリィになれないし、頑張ってホーリーナイトにしたところで出来ること変わらない(移動力が増えるくらい)ので、白魔法が強化されて床ダメージも無くなるビショップで十分。

 基本的には遠くから魔法飛ばして、たまにワープで人も飛ばして、ときどき魔法壁になってもらったり。紋章一致のカドゥケウスを持たせてたので、万が一攻撃されても次のターンには回復。もしくは即死。

 

 カスパルくん。アドラーラッセの中では、最も格闘が似合う男。

 ステータスは決して高くないんだけど、私の中では謎の頼もしさと安定感がある。何でだろう?とりあえず、HPは高い。

 序盤から終盤まで、ただひたすら殴り続けていた。

 

 ベルちゃん。もっと活かしたかったキャラクターNO.1。

 HPまんたんでないと攻撃力が+5される個人スキルや、槍技だけどHPが減っているほど威力が高まる「復讐」を覚えるので、覚醒系スキルと相性が良い。でも、私が覚醒系スキル好きじゃないので、もっぱらハンターボレーで仕留めてもらっていた。

 一撃貰うためだけに、無理やり前線に出されたり炎で焼かれたりしてたので、ちょっと可愛そうだった。あと、うっかりドロテアと隣接させてHP回復しちゃって、また前線に送り出されたり。ごめんねw

 ルナティックだと敵の移動を封じる「囲いの矢」が便利。

 

 ドロテアさん。踊り子と迷ったけどグレモリィにした。トロン×8とメティオ×2は助かる。個人スキルは、序盤だときずぐすりの節約になって便利。中盤以降は、ベルナデッタのHPをギリギリまんたんにならないよう調節するのに便利。(リンハルトだとセスリーンの紋章が発動してしまうので)

 器用なキャラクターで、トロンで援護射撃、アローでアーマー系確殺、メティオで砲台を無力化、リブローで遠くにいても回復、魅力が高いから計略も強い、イザとなったらアグネアの矢もある。これで踊り子なんかにしたら過労死するんじゃないかってぐらい、出来ることが多い。

 すごくどうでもいいけど、戦後はドロテアとエーデルちゃんが結ばれて、ヒューベルトが複雑な心境になったりすると面白いなーと思う。

 

 ペトラ姫。回避盾その2。母国語だと、どんな喋り方なのか気になる。実は女王様みたいな口調だったりしてw

 今回は踊り子にして「剣回避+20」を取らせた。爆速で「警戒姿勢」も取りやすいので、フェルディナント以上の回避率になった。ただ、技が伸び悩んで攻撃役としては活躍できなかった。ソードマスターじゃなくて、アサシンにした方が良かったかも。

 

 イエリッツァ先生。たまに名前を忘れる。苗字も発音しづらい。

 加入期間が短い(5節だけ)ので適当に育てちゃったけど、強い。さすが中二病

 回避盾ほどじゃないけど攻撃が当たりにくく、そこそこ打たれ強いので、敵のサンダーストームをハメて応撃で仕留めてもらうのが便利だった。

 「飛燕の一撃」は要らなかったかもしれないけど、本人はこういうカッコイイ名前好きそうだから、まあいっか。

 

 最大で12人まで出撃できるので、残りの穴はヴォルフクラッセからスカウト。一人目は級長のユーリス。

 ユーリス(+ドローミ)は何やらせても強い。格闘は得意でも何でもないけど、安定して戦ってくれた。ただ体力は無いので、調子に乗って一人だけ突っ走らせると落ちる。増援に蹂躙された回数はNO.1かもしれない。

 

 最後はコンちゃん。ちなみにユーリスとコンスタンツェは、アドラーラッセと支援させやすいという理由で選びました。

 ご覧の通り魔力がおかしなことになっているので、テュルソスを持たせて魔法砲台として活躍してもらった。足が遅くて連続攻撃はできないので、とにかく重い一撃でケリをつけてもらう。過去作で言えば「封印の剣」のリリーナみたいな戦い方。全キャラクターの中でも成長率は最低クラスらしいけど、命中さえ補えば気にならなかった。

 真骨頂は、高魔力からのサンダーストーム×4。しかもノアの紋章でたまに回数消費なし。これで遠くの敵を一撃で仕留めたり、虫の息にできるのが強い。

 ファイアエームブレムの遠距離魔法は最強ですのよ、オーッホッホッホッホ!!!

 

 

その他

・全ルートの中で、最もエピソード数が少ない。イエリッツァ先生はもとより、ヒューベルトをダークナイトまで育てるのも急がないと厳しい。

・最終ステージが火の海、その前のステージも降雨の川辺なので、移動力がかなり制限される。飛行ユニットやグラップラーなど、移動コストを無視できる職種が多いと便利。

先生が人間に戻れるのはこのルートだけ。

 

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