セミリタイアするまで非正規

正社員になれないことが分かった三十代。労働者のままでは死にかねないので、非正規のままセミリタイアを目指している、色んな意味で駄目なヤツ。

フォークナーの『八月の光』を読んだ - 歴史に縛り付けられた人々の孤独、社会の混沌

 kindle unlimited で、光文社の古典新約文庫を読むのにハマっている。

 労働者時代も実用書はよく読んでいたが、小説を読む機会がめっきり減っていた。古典も殆ど読んでいないと思う。フと、急にこれらが読みたくなって目を通し始めたのだけれど、なかなか夢中になれる。

 知識を得るだけなら現代の歴史本や専門書でも別に良いんだけど、小説や古典の長所は、人間と疑似的に対話(しているような感覚を得ることが)できる点だ。「へぇ~、貴方の時代はそんなかんじだったんですねー」「どうして、その登場人物はそんなことになっちゃうかなー」みたいな(笑)。昔の実用書って、作者の感情が炸裂してるようなものも多いし。

 

 で、この『八月の光』という作品。フォークナーという作家の作品で、1932年にアメリカで出版された。ヨクナパトーファ群という架空のアメリカ地域を舞台にした、「ヨクナパトーファ・サーガ」の一つ。

 あちこちにキリスト教のモチーフが使われ、黒人奴隷制度が崩壊した直後のアメリカ南部を舞台にしている。退廃的な雰囲気が強い。

 登場人物も、自分が黒人なのか白人なのか分からず苦悩し続け最後には白人を殺して警官に射殺&去勢されるクリスマスという男に、南北戦争で活躍したお祖父さんの武勇伝をキリスト教の説教とごちゃまぜにして熱弁し続け妻が不倫&自殺して牧師の職を追われたハイタワーという老人に、これまたお父さんの代から黒人奴隷制度に反対し続けて白人社会から弾き出されたジョアナという女性、などなど。

 黒人の隷属やキリスト教で維持されていた古い秩序が、南北戦争や第一次世界大戦などで崩れ去って新しくより現代に近い秩序への過渡期に入りながら、それに取り残されていく人の孤独や街の混沌を描いている。

 人種の違いによるアイデンティティーの喪失や崩壊は、日本人には無い歴史である。だから、こういう小説を読んで想像するしかない。また、本作のキリスト教のような人間の生活基盤となっていた文化の消滅も、1989年の共産主義崩壊を最後に、少なくとも目立ったかたちでは起こっていないんじゃないだろうか?

 もし、現在進行中のロシア-ウクライナ衝突でロシアがウクライナを完全に占領したとき、「先進国」の文化となりつつある「戦争が無い日常」が崩壊したとなると、少なくとも我々日本人にとっては大きな転換点となる。戦争とは関係ない平和な日本人、というアイデンティティーが破壊され、(例えば)ロシアや中国を仮想敵とする日常が当たり前になったとき、絶対にその日常に馴染めず、「自分は本当に日本人なのだろうか?」と悩む人間が出てくるだろう。

 しかし、まだこれは妄想の段階である。今のところ、日本人が『八月の光』に登場するメイン・キャラクターと全く同じ苦悩を抱くことは非常に難しい。だから、本を読んで想像するしかないのだ。

 

 訳者さんの解説で当時の時代背景を理解して、やっと意味が分かったシーンもある。まだまだ不勉強だ。