セミリタイアするまで非正規

正社員になれないことが分かった三十代。労働者のままでは死にかねないので、非正規のままセミリタイアを目指している、色んな意味で駄目なヤツ。

コロナ程度で「学校が正しいという共同幻想」を壊せないが、可能性にはなって欲しい

news.yahoo.co.jp

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コロナの全国一斉休校という異例の事態から、不登校の在り方についての記事がヤフーニュースに上がっていた。

正直、今回の件で不登校児童の境遇が劇的に改善する可能性はほぼ無いと思う。コロナの脅威が無くなれば、学校も元通りの対面授業に戻って、学校が好きな子供もそうでない子供も、一つの空間で管理される日々が再開されるだろう。いや、もう再開してたね。

噂では「コロナの一斉休校によって、普段は元気な子供が鬱になり、暗かった子供が活き活きとし始めた」なんてことも聞いたけれど、実際はそんなに単純なことでは無いらしい。記事中にこんな言葉がある。

印象深かったのはMさんの「普段学校に行ってる子は『休校中の子』とみられるのに、不登校の子は、休校中でも『不登校の子』のままなんだと思った」という言葉です。この言葉を聞き、「不登校の子」と「不登校じゃない子」の「境界線」を不登校の当事者が強く意識していることを改めて感じました。

学校に通えないという状況は同じでも、一斉休校以前にきちんと学校に通っていた「不登校じゃない子」と、そうじゃない「不登校の子」は、周囲の人間からハッキリと区別されるらしい。記事に出てくる色々な事例を読んでいると、むしろ一斉休校によってかえって「不登校の子」という認識を強めているんじゃないか、と思えてくる。「休校が終わったらきちんと学校に行きなよ」と大人に言われたり、休校が明けてからテレビで再会を喜ぶ「不登校じゃない子」たちの映像が流れるのは、とても辛いんだそうだ。私は不登校にはならなかったけど、何となくわかる。

不登校児童の存在にフォーカスすることも大事だけれど、それよりも根本的な問題点として「学校が正しいという共同幻想」がある。コロナはオンライン授業という新しい授業形態の可能性を示したけれど、「学校が正しいという共同幻想」を壊すものでは無い(少なくとも大多数の人間はそのような認識をしていない)。だから、コロナは不登校児童の可能性を増やすきっかけにはなっても、「不登校の子」と「不登校じゃない子」の社会的差異を無くすことはできない。何故なら、その差異を生み出している「学校が正しいという共同幻想」は、ほぼ無傷のまま残っているからだ。私は冒頭の二つの記事を読んだ時に、コロナ云々よりもむしろ、そっちの問題の方が気になった。これが「会社が正しいという共同幻想」「資本が正しいという共同幻想」になると、コロナショック以後、そっち界隈で活発な議論が巻き起こって盛り上がっているんだけれど、これが学校になると当事者(子供たち)の声が小さすぎて認識されにくいんだろうか。

 面白いのは、『やればできたオンライン授業 コロナが突きつける不登校の学ぶ機会』の記事の2ページ目に書かれた、フリースクールに通う子供の記述。学校には通えないのに、フリースクールの「みんなと会えないのは寂しい」子供がいるため、「オンラインを続けていますが、週に1度集まるかたちをとって」いたんだそう。少なくともこの子供に関しては、「不登校じゃない子」と同じように、学友や教師と通常のコミュニケーションを図りながら勉学を享受する能力はあることになる。ただ、学校という場がその子供に合わなかっただけで。でも、「学校が正しいという共同幻想」が存在する限り、学校以外の場所で学生としての日常を送る子供たちもまとめて「不登校の子」とみなされる。でも、「不登校の子」といっても同年代の子供たちと遊べない子、大人と上手く対話できない子、そもそも家の外に出られない子、と色々な難題とその原因が存在しており、その対処法も異なるはず。そもそもフリースクールで「みんなと会えないのは寂しい」と感じるような子供は、たまたま通っていた学校が合わなかっただけで、別の学校ならば「不登校じゃない子」になれる可能性すらある。それでも、フリースクールに通う子供たちは全員「不登校の子」なのだ。

そういう柔軟な思考が無いのだから、コロナでオンライン授業が普及して不登校の子供にもそうじゃない子供にも平等な学習機会と学生ライフ!なんて、実現は程遠いと思う。自分の人生で手一杯で、ぶっちゃけ学校に来ない子供の相手なんかしてらんねーよという大人にとって、「学校が正しいという共同幻想」は便利だ。「不登校の子」(=学校という正しさに耐えられなかった悪い子供)というレッテルを貼りさえすれば、あとは共同幻想が大人たちを守ってくれるからだ。そういうメリットも無くなるし、「学校が正しいという共同幻想」が覆る可能性は低いと思う、ぶっちゃけ。

ただ、オンライン授業の広まりは「不登校の子」にとって追い風になったと信じたい。学校の外で学校と同じように勉強すれば大学に入れるかも!とその子供が信じられれば、要するに、「学校が正しいという共同幻想」があくまで幻想でしかないことを認識できれば良いのだ。学校の外を見せてくれるオンラインは、確実に武器となる。その活かし方は、これからの日本人次第なんだろう。

 

余談だが、本当にコロナの一斉休校で普段は元気な子供が鬱気味になったりしていたら、親は注意した方が良いと思う。単純に友達と会えなくて寂しいよー、なら良い。でも、他者を貶めて自分の価値を高めるように見せかけることで満足感を得る子供もいる。そういう子供は、そもそも他者がいなければ自分の価値を認識できないわけだから、鬱気味になるのも当然といえる。そのまま成長すればどんな大人になってしまうのか… と考えると放っておくのは如何なものかと思うけどね。「学校が正しいという共同幻想」は、そういう子供の方が馴染みやすいみたいだけど。

 

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