セミリタイアするまで非正規

正社員になれないことが分かった三十代。労働者のままでは死にかねないので、非正規のままセミリタイアを目指している、色んな意味で駄目なヤツ。

『スマホ脳』― 誰が為のテクノロジーか

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出版:2020年

著者:アンデシュ・ハンセン ― スウェーデンの精神科医。『一流の頭脳』というベストセラーがある。そっちだと名前がアンダーシュ・ハンセンになってるんだけれど、どっちが正しい発音なのだろうか。

 

概要

スマホが脳に与える悪影響に関する啓蒙書。

 

 

人間の進化とデジタルの進化は、同じ進化でも別次元

言ってしまうと、これがスマホの悪影響の原因だと著者は考えている。世界史を習ったことがある人なら、人類が誕生する前の時間の流れの遅さに、多少は驚いたんじゃないだろうか。だって、猿が登場して二本足で立つまでに1億年以上かかって、そこから二足歩行に慣れて石ころで野菜掘ったりする知能がつくまでに3500万年くらいかかって、そこから我々現代人と同じ種類(新人類)になるまでに3480万年くらいかかっている、と考えられているのだから。ちなみに、新人類の誕生は今から20万年前くらいの出来事らしい。西暦の2021年間なんて、歴史のほんのほんの一部なのだ。

今回のメインテーマがスマホなので、分かりやすく情報伝達の歴史という視点で人類史を簡潔にまとめてみる。まず、文字は紀元前4000年頃に登場し、紙による記録が中国で1世紀頃から始まり、同じく中国で7世紀ごろから印刷が始まり、15世紀のドイツで活版印刷が発明されて書籍の大量生産が可能になり、第二次大戦終戦直後に軍で使われるような電子プリンターが登場し、その35年後にレーザープリンター、さらに10年後にインクジェットが現れて民間でも印刷できるようになり、さらに10年経つか経たないかのうちに個人でもインターネットを閲覧できるようになったのが、20世紀末期のこと。21世紀に入ってすぐか直前くらいに携帯電話が登場し、そいつがネットに繋がって誰もが片手で世界中の情報を集められるようになり、それからたったの7年後(2007年)に、今回の主役であるスマホが爆発的に普及して、誰もがいつでもどこでも世界中へ情報発信できる時代になった。スマホの覇権は勢いを増しながら10数年間続いており、現在に至る。

数十万年~数億年が必要だった人類の進化と比較すると、数年~十数年スパンであるデジタルの進化速度は一瞬に過ぎない。

その弊害がスマホの普及によって顕著になっている、ではその内容や原因は何なのか?

というのが本書のメインテーマである。

 

 

現代社会は、人間が進化によって獲得した本能に適していない

人間は長い間、飢餓や凶暴な獣や凶暴な隣人や病気などの危険を避けて、生き延びる必要があった。現代の肥満の原因の一つが、人間は飢餓を避けるために本能的に高カロリーな食事をしたがるため、というのは有名な説だ。

本書ではこれに加えて、人類が進化によって獲得してきた危険を避けるための本能が精神疾患の原因だとしている。例えば、突然襲ってくる獣から逃げるためには常に落ち着きなく周囲を警戒する必要があるが、現代社会ではADHDと診断されてしまう。また、敵対する人間から身を守るためには、隣人をしっかり観察して悪い噂話もよく聞いておかねばならないが、現代社会では不安やうつ病の引き金になる。

本書(の日本語訳)ではこうした本能を「闘争か逃走か」「火災報知機の原則」と表現し、コルチゾール、HPA系、扁桃体などの働きによるものと説明している。これらの本能は危険でいっぱいだった時代には生存戦略として有効だったが、危険がなくなった現代では精神欠陥とみなされたり、過剰なストレスを生み出す原因となり、逆に生存を妨げてしまっているのだ。しかし、長い長い進化を経て身に付いた本能を、たったの数年間でキレイサッパリ消し去ることは不可能。その結果、大人の9人に1人以上が抗鬱剤を飲む世界が生まれてしまった、というわけ。ちなみにこの人数はスウェーデンのものなので、ストレス大国の日本はこれ以上の惨状ということになる。

 

 

スマホは、人間の本能に働きかける

さて、ではスマホはどのようにして、人間に悪影響となっているのか。その一つに、スマホやスマホをプラットフォームとするサービスが人間の本能を利用している、という点がある。

まずはネット広告。検索履歴を基に、その人が興味を持ちそうな広告を自動的に選別して、ネット上の目につきやすいありとあらゆる場所に配置されることが当たり前になっている。これは、生き延びるための情報を集めようとする人間の本能と、報酬系への刺激(ドーパミンを大量に生み出す)を利用したもの。この副作用として、集中力の欠如(マルチタスク化)がある。著者は「集中力こそ現代社会の貴重品」と書いており、ネット広告に限らずスマホ自体に集中力を散らすことを指摘している。(枕の横にスマホを置いておくだけで睡眠の質が悪くなる等)

集中力はデジタル社会で最も必要とされるものなのに、そのデジタル社会によって奪われてもいる。

次に、ネットニュース。これも生き延びるための情報を集めようとする人間の本能を利用したものだが、問題なのはフェイクニュース。伝えることでは無く、一人でも多くの人間に読んでもらうことが目的のニュースは扇動的な噂話を好んで書かれるが、この噂話が事実無根だとフェイクニュースとなり、フェイクニュースは事実だけを書いたニュースよりも拡散力が高い。これも人間が脅威や恐怖の情報を生存戦略の為に集めたがる、という本能を利用したもの。フェイクニュースを読んで不安を感じた人間が仲間にフェイクニュースを拡散して、どんどん広まっていくという構図だ。そして、真実はますます遠ざかっていく

そして、SNS。世界中に自分を発信することが可能で、「いいね!」と評価されれば有名人になったり一攫千金も夢ではない、素晴らしいツールだ。これは、自己表現や社会的地位の獲得によって分泌されるセロトニンが影響する。そうやって成功している人は良いのだが、SNSの副作用はセロトニンの出てない人たちが成功した人間と自分を比較することで、自信喪失や孤独感を生じることにある。世界中の人間を知ることが出来るというのはデジタル技術の賜物だが、世界中の人間に対して競争意識が芽生えたり、隣にいる人間を無視してネット上の実態なき交流を優先してしまう危険性もあるのだ。

私がここに挙げた以外にも、様々な弊害や研究結果が説明されているので、気になった方はぜひ実際に読んでみて欲しい。

そして、これらスマホのヘロイン並の依存(と本書では書かれている)によって、「バカになっていく子供たち」と大人たちが大量に生産されていく。大量の広告や情報に集中力を散らされ、真実ではなくフェイクを追いかけ、自信喪失や孤独感に苛まれて抗鬱剤を手放せない人間の出来上がり、というわけだ。この現象を、本書の最後でこう表現されている。

スマホというテクノロジーが、人間を2.0バージョンにするよりも、むしろ0.5バージョンにしてしまうのだ。

 

 

まとめ

 最後はちょっと大袈裟に書いてしまったけど、「デジタルデトックス」なんて言葉も出来るくらいだから、スマホを敵とみなして必要最低限のご利用に留めておくに越したことはない(という心理を「火災報知機の原則」というらしい)。

ジョブズが自分の子供にスマホを与えなかったという話は有名だし、ipodの開発に関わっていたトニー・ファデルというアップル幹部も、スマホの危険性が周知されていないことを批判している。

jp.techcrunch.com

 

この本の著者もスマホのありかたについて、

テクノロジーのほうが私たちに対応するべきであって、その逆ではないはずだ。

と述べている。私たち消費者にとってもその方が理想的なはずだが、もちろんメーカー側は全く逆の考えをもっているだろう。そして厄介なことに、「スマホ脳」となった人間は喜んで自分自身をテクノロジーに対応させてしまうのである。

本当に対応できているかどうかは考えずに。

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