一つのことに狂うほどハマる人生
友人と飲んだときに、何かに狂いたい(狂うほど好きなものが欲しい)という話になった。それ以外のことは知らないし興味がないという幸せ、と言い換えてもいいだろう。もっと分かりやすく言い換えれば、ステレオタイプ的なオタクになりたいということでもいいかな(多分)。
その友人は頭がよく、多趣味ながら全力で好きになるのだが、狂っているとか沼にハマっているのかと言うと、確かにそれとは違う。彼女曰く、一つだけでなく色んな事を愉しまないと(=飽き性にならないと)、人生の選択肢や逃げ場のようなものが無くなりそうで怖いのだと言っていた。ただ、趣味を転々とする人生が幸せかも疑問なのだと。
このときに例えとして挙げられたのが、地元で生まれて地元で育って地元の事しか知らないまま地元で死んでいく人生や、身分や階級がハッキリしているインドや昔の日本だった。現在は情報化&多文化社会なので、選択肢のない人生はあまり良い意味で語られない。例えば、地元を出れば人生の選択肢は増えるだろうが、地元に残り続けたからこその縁で仕事やパートナーが早く手に入る可能性もある。こういう人は、高齢になってから地元を出たら生きていけないかもしれない。しかし、地元にいる限りは幸せに(不幸が少ない)人生を送れる。普通に幸せに行きたいならその方が楽だし、幸せになれる可能性自体も高いんじゃないか… というような話をした。
一つの事だけに狂ったようにハマる人生、というのも同じだ。情報や選択肢を減らすことで、自分の好きなものだけを追い求める人生。ステレオタイプ的なオタクって、まさにこういう生き方だと思う。オタクに抵抗があるなら、天才と言い換えてもいい。
ただ、同じことはSNSにも言える。youtubeやtwitterで自分の好きなものだけを眺め続ける、現代風に言えば「コスパの良い」人生を送っている人は、たくさんいる。でも、彼らは狂ってもハマってもいない。その差は、自分が動くか、他人に動いてもらうかの違いなのだろう。
サカナクション山口さんが「今の若い子は”浴びる遊び”ばかりで、”探す遊び”をしていない」「情報が少ない時代、CDを3000円でジャケ買いしてハズレだったり。でも勿体ないから繰り返し聴いては、その良さが分かったり」と話してたけど、深掘りしなきゃ”没頭できる何か”は見つからないんだよね。順序が逆
— しぶ (@minimalist_sibu) February 15, 2023
このツイート(とサカナクション山口さんの言葉)が、とても分かりやすく纏まっていると思う。
ちなみに、私自身も成人してからは、コスパ重視で趣味を選んでいる。子供の頃の方が、狂っていたしオタクっぽかった。純粋さもあるのだろうが、おカネが無くて時間はたくさんあったというのが大きかったと思う。だから、いつか本格的な無職になって、おカネに制約はあるが時間は無制限という状態になれば、自然とハマれる趣味が見つかるんだろうな~と、気楽に考えている。
労働者は時間もおカネも限られるし、コスパ重視になるのは仕方ないと思う。誰もがオタクや天才になる必要はない。まあ、就職前の若者については何とも言えないけど…